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キリスト教の歴史をわかりやすい簡単な解説を意識しました。付録として年表も紹介していますが、大切なのはテーマを絞る事と歴史観(考え方)を知る事です。キリスト教の歴史本として参考になる2つの書籍も紹介しています …
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キリスト教の歴史は一言で言うと分断の歴史と言っても過言ではありません。
また、歴史を理解する上で聖書という世界一のベストセラーの設定(著者や目次、あらすじ)を押さえておく事は言うまでもありません。一般的に歴史は繰り返されると言われますが、キリスト教の歴史も繰り返すと思いますか?
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目次はこちら
キリスト教とは
キリスト教は今や25億人を超えています。(米ゴードン・コンウェル神学校 世界キリスト教研究センター調べ)
イスラームや仏教と並び世界3大宗教と呼ばれ、G8でキリスト教の信者が少数派なのは日本くらいと言われています。(文化庁の宗教統計調査2018によると人口のおおよそ1%)キリスト教には様々な宗派に分かれていますが、大きく3宗派が世界のキリスト教徒(クリスチャン)の80%を占めていると言われています。
宗派によって考え方は違うものの、共通しているのは「聖書(旧約・新約)を信仰することで人は救われる」と言うテーマのもと隣人愛を大切にすると言う1点だと主張する宗教家・宗教学者も少なくありません。
キリスト教の歴史を簡単に言うと
キリスト教の歴史は後ほど、きちんと紹介します。
ここでは、簡単に言えばどういう歴史があるのかサマリー的にポイントだけ押さえておきましょう。ようは、キリスト教の始まりはイエスの死後に弟子がイエスの教えを広め始めたことがきっかけです。その教科書としてイエスと弟子達の言行をまとめた新約聖書と旧約聖書を使ったのです。
11世紀頃、教義の内容以上に当時は教会権力の覇権を争った結果、東西教会の分裂が決定的となり西方教会(カトリック教会)も16世紀には、政治利用など教義と矛盾する教会権力の暴走化が引き金となって宗教改革が起きてしまいます。カトリック教会は内部分裂してしまい、プロテスタントをはじめとした諸教派が誕生した瞬間です。
その後、宗派は数え切れなくなってしまうほどに世界中に信者が増えていったのです。
キリスト教の歴史
今、紹介したようにキリスト教の歴史の中でテーマとなるのは3つです。
新約聖書の歴史、東西教会分裂の歴史、宗教改革の歴史を押さえておくことがキリスト教の歴史を理解する上で最低限の骨格だと言っても過言ではありません。詳しく、今から解説します。
新約聖書(100)
新約聖書は紀元100年頃に新約聖書が完成しました。
イエス・キリストが十字架上で死に、3日目に復活、その後、イエス・キリストの弟子達により書き始められたと言われています。また、宗派や教会によって、新約聖書をギリシア語聖書と呼ぶこともあります。新約聖書には27の書があり、内容をざっくりまとめると
- 「イエス・キリストの生涯と言葉(副音)」
- 「初代教会の歴史(使徒言行録)」
- 「初代教会の指導者たちの手紙」
の3項からなり、新約聖書の中で唯一預言書的性格を持つヨハネの黙示録で締め括られているのが特徴です。
27に分かれた書(新約聖書)は、それぞれ著者、成立時期、成立場所などが異なるという事情から、旧約聖書と同じように、そもそも初めから新約聖書をつくろうとして書かれた書ではなく結果として集まった奇跡だとも言われています。
そのため、新約聖書の完成時期は実の所、150年から225年の可能性もあ流のではないかとの声も少なくないため、未だに真相がはっきりしていません。
イエス・キリストの生涯と言葉(副音)
イエス・キリストの生涯と言葉を一般的にキリスト教では、副音書とも読んでいます。
その副音書は、まさにイエスの生涯、死と復活の記録を弟子達が残しています。
- マタイによる福音書 (マタイの福音書、マタイ書、マタイ伝)
- マルコによる福音書 (マルコの福音書、マルコ書、マルコ伝)
- ルカによる福音書 (ルカの福音書、ルカ書、ルカ伝)
- ヨハネによる福音書 (ヨハネの福音書、ヨハネ伝)
初代教会の歴史(使徒言行録)
歴史書として使徒言行録 (使徒の働き、使徒行伝、使徒行録、使徒書 別名:聖霊行伝)とキリスト教の宗派によって呼び名も異なります。
使徒言行録の内容は、一言で言えばキリスト教の最初期の様子が語られています。特に2人の使徒ペトロとパウロの活躍が中心に描かれています。他には、エルサレム教会と初期のユダヤ人のみのキリスト教コミュニティーがコルネリウスの洗礼を経て、異邦人(非ユダヤ人)の間へと広がっていた様子が記録されているのが特徴です。
初代教会の指導者たちの手紙
教会や個人に宛てた「パウロの手紙」と特定の共同体や個人に宛てられたものではない(広い対象に向けた)公同の手紙の2種に分かれています。(緑;パウロの手紙、紫;公同の手紙)
- ローマの信徒への手紙 (ローマ人への手紙、ローマ書)
- コリントの信徒への手紙一 (コリント人への手紙一、コリント前書)
- コリントの信徒への手紙二 (コリント人への手紙二、コリント後書)
- ガラテヤの信徒への手紙 (ガラテヤ人への手紙、ガラテヤ書)
- エフェソの信徒への手紙 (エフェソ人への手紙、エフェソ書)
- フィリピの信徒への手紙 (フィリピ人への手紙、フィリピ書)
- コロサイの信徒への手紙 (コロサイ人への手紙、コロサイ書)
- テサロニケの信徒への手紙一 (テサロニケ人への手紙一、テサロニケ前書)
- テサロニケの信徒への手紙二 (テサロニケ人への手紙二、テサロニケ後書)
- テモテへの手紙一 (テモテ前書、一テモテ)牧会書簡
- テモテへの手紙二 (テモテ後書、二テモテ)牧会書簡
- テトスへの手紙 (テトス書)牧会書簡
- フィレモンへの手紙 (ピレモンへの手紙、フィレモン(ピレモン)書)
- ヘブライ人への手紙 (ヘブル人への手紙、ヘブライ(ヘブル)書)
- ヤコブの手紙 (ヤコブ書)
- ペトロの手紙1(一ペトロ(ペテロ))
- ペトロの手紙2 (二ペトロ(ペテロ))
- ヨハネの手紙1 (一ヨハネ)
- ヨハネの手紙2 (二ヨハネ)
- ヨハネの手紙3 (三ヨハネ)
- ユダの手紙 (ユダ書)
ヨハネの黙示録
ヨハネの黙示録は、聖書の中で唯一預言書的性格を持つ書だと言われています。
この書に限った話ではありませんが、宗派によって解釈は異なります。終末預言の一つであるとして、未来の事柄についても語られた終末預言書、起こっていない未来の出来事を預言として与えられたという見方などがあります。
東西教会分裂(1054)
東西教会の分裂はキリスト教史上最大規模の分裂と言われています。
東西教会分裂の原因は大きく2つです。1つ目として政教分離(教会組織の在り方)に対する考え方の根本的に違ったこと。この相違が東西教会が統一できなかった最も大きな原因で西方教会(ローマ・カトリック教会)はローマ教皇を頂点としローマ帝国皇帝と別に存在していました。しかし、東方教会(ギリシア正教)は皇帝教皇主義としての体制だったため、政教分離か否かか問題となりました。
2つ目に、様々な形式的な違いが統一できなかったことです。西方教会も東方教会もそれぞれ異なった教会組織と信仰内容、典礼(儀式の形式)を発展させてきたので、キリスト教としての土台(教義)も少しずつズレてしまったことを始め、様々な信仰儀礼、礼拝の仕方や儀式の執り行い方の手順の違いなど、形式的な違いが払拭し切れなかった背景があります。
900年以上が経った1965年、教皇パウルス6世と総主教アテナゴラスは「互いを正当に認め合い赦免し合う」ことを合意、和解への道が切り開かれました。
その後、2016年2月12日に東西教会のトップ(カトリックのフランシスコ・ローマ法王と、ロシア正教のキリル・モスクワ総主教)がキューバでキリスト教史上初の会談となり、和解(東西教会統一)への大きな一歩を踏み出したばかりで、今なお歴史として注目されています。
宗教改革(1517)
キリスト教の改革運動によりカトリック教会が二分されただけに留まらず、社会変革へと結びつき戦争のきっかになった事は勿論、文学を始め様々な人の思想に影響したのが宗教改革の特徴でしょう。
ようは、様々な切り口があるのでキリスト教にフォーカスした歴史をまとめます。きっかけはカトリック教会の贖宥状の発売です。贖宥状とは、免罪符とも、呼ばれ「罪の許し」をお金で買える制度を打ち出したのです。
表向きはローマのサン=ピエトロ大聖堂の大改修の費用を得るため、その実情は高利貸しの豪商(フッガー家)への返済で、本来罪の許しに必要な秘跡の授与や悔い改めなしに、金銭による贖宥状の購入のみによって償いが行えるという考え方に批判が集りました。
その結果、宗教改革はドイツのルターが95ヶ条の論題を打ち付けると共に贖宥状を批判し始めたことがきっかけとなり、後のスイス(ジュネーヴ)でもカルヴァンらによって教会改革が始まり欧州諸国へと拡がったのです。
その結果、カトリック教会より生まれた宗派は主にプロテスタントと呼ばれ、現代のように多種多様なキリスト教へと変貌したのです。
キリスト教の歴史観
キリスト教の歴史観は聖書が叙述する内容に基づくキリスト教的史観から構成された世界史で、普遍史とも呼ばれています。
それは天地創造に始まり最後の審判で終わる、未来をも含む有限の時間軸を範囲とし、空間的にはすべての世界を含んでいると考えられています。そこには目的があり、神による人類の教育と、その結果もたらされる救済に至る過程が骨格を成しています。
ようは、キリスト教の歴史観は聖書記述の内容を、すべての人類(民族)とあらゆる場所(地域)に当てはまるよう体系づけていったのです。実際に紀元という時間基準の浸透はキリスト教の歴史観が作り出した功績と言っても過言ではないでしょう。
中世ヨーロッパまでは正しい歴史記述と広く認識されていましたが、大航海時代や啓蒙思想そして科学の発達などを通じて矛盾する要因が数多くもたらされ一般的な歴史観としては崩壊を迎えました。一方で普遍史は、美術や文学などの芸術分野や、また哲学など思想分野にも大きな影響を残し、キリスト教の歴史観として現在でも語り継がれています。
キリスト教の歴史年表
キリスト教の歴史は3つ以外にもあります。
詳しくは、Wikipedia のキリスト教年表でキリスト教宣教史に関する重要なできごとを年表として簡易的に一覧にまとめていますので、何故キリスト教の歴史で3大テーマが引き起こされたのか、興味がある人は時系列に確認できますので歴史の流れを掴むために参考にどうぞ。
日本におけるキリスト教の歴史
日本におけるキリスト教の歴史、いわゆるキリスト教の日本史は別の記事で取り上げています。
ここでは簡単にまとめて解説すると、キリスト教の宣教が始まったのは戦国時代です。フランシスコ・ザビエルによって、九州から始まり、初めてのキリシタン大名と言われる長崎の大村純忠らの庇護を受けキリスト教を広めたという歴史があります。
しかし、当時は異国の信仰だと恐れられ迫害や弾圧が続き、明治維新以降(明治6年)にキリスト教の布教も解禁されるも、実際に不自由のないキリスト教の布教が認められたのは第二次大戦後だと言われています。詳しいキリスト教の日本における歴史はこちらの記事からどうぞ。↓
キリスト教の歴史でおすすめの本
キリスト教の歴史本でおすすめがあります。
キリスト教の歴史には大きなテーマが3つあると解説しましたが、その参考書としても使える内容です。東西教会分裂はテーマとしては掘り下げるのは限界があるので、他の2つのテーマは教科書を読むより、時代背景や当時の人々の気持ちが理解できるので、キリスト教の歴史がよっぽど頭に入るのでおすすめします。
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プロテスタンティズム – 宗教改革から現代政治まで
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まとめ
キリスト教の歴史を紐解くと、まさに世界の歴史はキリスト教を始めとした一神教の歴史だと言う事に改めて気付かされます。
歴史に関する内容は、基本的にサラッと捉え興味のある分野から掘り下げてみるのをおすすめします。試験と一緒で、最初に躓くと時間と労力、そして気力を根こそぎ持っていかれがちです。
次はキリスト教特集【総集編】はこちらからどうぞ。↓
あとがき
逆に考えれば、キリスト教の歴史はそれだけ面白いと言う事です。
脱線に脱線を重ねてしまって、本来に調べようとした歴史って何だったけ?と言う事も少なくないでしょう。今回の記事は、私が興味を持ったキリスト教の歴史3テーマを少し掘り下げましたが、読者の皆さんはどんな3テーマを見つけていますか。
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